国際ロータリー2770地区「さいたま中央ロータリークラブ」のサイトです。


創立創立創立当時の例会風景創立当時の例会風景大かや囲い贈呈大かや囲い贈呈10周年記念10周年記念20周年記念20周年記念やわらぎ20周年記念像「やわらぎ」 日向25周年記念像「日向」除幕式30周年記念30周年記念30周年記念品30周年記念 記念品贈呈式35周年クリスマス会35周年クリスマス会40周年集合写真40周年集合写真40周年記念品時計塔40周年記念品時計塔50周年ブロンズ像「初舞台」寄贈50周年ブロンズ像「初舞台」寄贈

クラブ沿革

当RCは、与野ロータリー・クラブの名称のもと1966年1月21日、浦和北RCをスポンサー・クラブとして同クラブの寿原茂夫氏が特別代表に委嘱され、同氏の指導のもとに、当時の第358地区(東京、沖縄、埼玉、千葉)の埼玉県で25番目のクラブとして創立総会を開催した。竹田ガバナーを始め、スポンサー・クラブである浦和北、浦和、大宮、大宮西の各クラブ代表の方々を迎えて総会での決議事項を承認し、無事総会を終了し、仮クラブとして発足し、1966年4月15日を以って国際ロータリーへの加盟が認証された。

当時の竹田ガバナーの在任中に国際ロータリー加盟認証状伝達式を行うべく、故井原初代会長を中心に全会員一致協力、1966年6月5日、県立与野農高体育館(現いずみ高校)で、与野RCは勇躍としてその第一歩をしるし、今日迄の輝かしい当クラブの歴史が始まりました。その間を顧みるに、数々の業績が挙げられる中で、特記すべきことのみを述べあげれば次の様な事が思い出されよう。

姉妹クラブ締結。1967年6月23日、米国オハイオ州ゼインズビルRCとの姉妹クラブを締結し、交換学生を送受し、国際親善の実をあげた。

与野ローターアクト・クラブ創設。1971年8月19日に仮クラブ設立。翌々年の1973年1月25日創立総会。同年4月26日与野市東庁舎と体育館にて認証状伝達式を盛大に挙行。残念ながら会員の減少により’89~’90年度に解散した。(RI届は1992年1月23日付)

インターアクト・クラブ結成。1980年10月4日、与野RC15周年記念事業の一つとして、淑徳与野高等学校内にインターアクト・クラブを創設し、学内、学外、そして国際的にも活躍を始めた。

創立5年毎の周年記念には夫々の事業を行い、特に10周年には記念誌の発行と七大記念事業、15周年には記念会報を発行し、又、霧敷川の土堤に262本の染井吉野の桜を植え、今日では道行く人の眼を楽しませている。20周年には市庁舎前に記念像“やわらぎ”の建立と記念誌を刊行。

1989年には25周年記念事業の一環として、仁科一二会員を特別代表に、木村集亮会員を地区拡大補佐とし、1990年1月22日「与野西RC」を誕生させ、同年4月24日認証状伝達式を大宮ソニックシティにて挙行。又記念事業として与野市コミュニティ・センターに少女像“日向”(ひなた)を寄贈。

30周年には年初に発生した阪神大震災の教訓もあり、少しでも災害時の助けにでもなればと、市役所に災害対策車を寄贈。又記念式典は与野西RCとの合同クリスマス会を兼ねて、大宮パレスホテルで盛大に開催。

1999~2000年度は国の18機関移転を核とするさいたま新都心の街開き記念演奏会(5月18日)の開催と懸案であった例会場移転が新都心内のラフレさいたまに決定し、2000~01年度9月より事務局、10月より例会場をラフレさいたまに移転。

35周年式典はラフレさいたまにてクリスマス会と兼ねて開催し、記念事業として旧与野市役所前の児童公園に遊具を寄贈した。

1993~1994年度より始まった書き損じ葉書を収集して支援する世界寺子屋運動は毎年継続し、多大な成果を挙げてきたが、2001-2002年度においては、自治会組織を動員しての活動は中止した。

2001-2002年度には、当クラブから2770地区第一グループガバナー補佐を送り出し、地区内ロータリー・クラブ活動の活性化に貢献した。

平成15年4月1日、さいたま市が政令指定都市になるのにともない、クラブ名称をさいたま中央ロータリー・クラブに変更し、新しい時代の一歩を踏み出した。

2003-2004年度、5月23日~25日 大阪国際大会に14名の会員が参加。又6月10日には、さいたま欅ロータリー・クラブのスポンサークラブとなり、大橋軍治会員を特別代表に創立総会を開催した。会員増強に関しては5名の新会員を迎え、純増3名となった。

2004-2005年度、クリスマス家族会に会員奥様方11名によるレディース・コーラスの特別披露出演があり、会員家族の大いなる親睦が深まりました。また、6月のRI 100周年 シカゴ国際大会には14名が参加いたしました。

2005~2006年度 当クラブは40周年を迎え、ラフレさいたまにてクリスマス家族会に合わせ記念式典を開催し、記念事業として、中央区役所前に夜間照明付三面文字盤大時計を寄贈した。RIステンハマー会長より創立記念を祝うメッセージをいただいた。伝統ある東京RCのロータリーの鐘で帝国ホテルの夜間例会を楽しみました。40周年記念誌を作成し、記念誌にはDVDに貴重な40年の歩みが映像として収録されています。

2006~2007年度 クラブの高齢化を迎えている今年9名と退会者が多かったが、5名の新入会員を迎え、次年度も新会員を増強し若返る事を期待しております。クラブ細則研究会を発足し、細則の見直し簡略化とCLPの取り組みを開始し、次年度の8月をめどに改定を目指した。

2007~2008年度 昨年度発足したクラブ細則研究会より提案された「クラブ細則改定案」が8月9日の臨時総会において出席者全員賛成により承認され、クラブ発足以来の細則が次年度より改定されることになった。また、12月5日に開催された地区次年度部門補佐会議で井上正巳会員が次年度第2グループガバナー補佐として任命された。

2008-09年度 新年度のスタート時点では、高齢化等により退会者が続出し48名のスタートであった。今年度よりCLPが実行に移された。

2009-2010年度 波風立たず平らかにクラブ運営されて参りました。しかし、入会者数より退会者の方が多かったのが残念です。
今後もどのように会員を増強していくかが今後の課題と思われます。

2010-2011年度 インターアクト年次大会のスポンサークラブとなり開催。創立45周年記念式典は東日本大震災の為中止となったが、義援金として100万円の寄付を行った。式典以外の記念事業は行った。

2011‐12年度 逼迫した予算の中でも概ね充実した年度を送ることができ、今年度純増2名の会員増強をすることができ、会員減少にも歯止めを掛けることができたと思う。会報をA4の1ページにし、委員会負担の減少を図り、会報の記録性に重点を措いた。 

2012~13年度 田中作次RI会長のもとで、伝統あるクラブとして、活動した1年間でした。特に、次年度への「地区協議会」設営担当クラブとして活動し、また次年度ガバナー補佐を輩出しました。

2013-14年度 ガバナーを、第2グループから輩出し、当クラブからガバナー補佐を選出し、IMのホストを務めた多忙な1年間でした。また現役会員2名を死亡で失う大変な年度でした。国際奉仕部門で表彰も受けました。

2014~15年度 地区・研修協議会のホストクラブとして運営に参加。米山奨学生をホスト。会員数46名でスタートするも退会者が入会者を上回り、減員となってしまう。50周年の準備を開始。

2015~16年度 50周年事業としてゴルフコンペ、バイオリンコンサート、記念式典を行いました。また5人の新入会員を迎えることができましたが、会員の1名が亡くなり、3人の退会者が出てしまったことはとても残念なことでした。

2016~17年度 50周年記念事業の記念誌を発行しました。さいたま中央ロータリークラブの歌、「我等は元気」(作詞:金子弘会員、作曲:吉村義史会員)を例会で月に1回歌い始めました。会員増強はわずかですが目標2名は達成できたようです。

2017~18年度 例会開催2500回を迎え記念例会を開催しました。又、地区の財団部門VTT委員会事業でインド3000地区より6名のロータリアンを当クラブの例会にお招きしました。会員増強も微増ですが純増となりそうです。